鈴鹿墨
- 主な商品
- 鈴鹿墨
- 始まり
- 9世紀(平安時代初期) に始まったと言われる
- 由来
- 主な生産地
- 鈴鹿市白子地区
鈴鹿墨の歴史
9世紀の初め、鈴鹿の山々に産した松脂(松脂) を燃やし煤(すす)をとり、墨を作ったと伝えられています。
江戸時代となり、武家社会の裃(かみしも)の流行、小紋(こもん)の発達や家紋の制定は墨染め用又は紋書き用として、 より上質な墨を必要とするようになり、また、寺子屋の発展も墨の需要を激増させたのでした。
そのような時代背景のもとで鈴鹿墨は現在の鈴鹿市白子地区を中心に、 徳川紀州藩の保護の下に発達をしました。
鈴鹿は製墨に必要な原材料の入手がたやすく、 また弱アルカリ性水質は膠(にかわ)の粘りを最適の状態に出来るなど、 地理的及び気候風土の諸条件にも恵まれていたのです。
現在も、昔ながらの「型入れ成形」 等の技法を用いて油煙墨(ゆえんぼく)、青墨(せいぼく)、松煙墨(しょうえんぼく)を製造し、その生産量は全国の30%を占めています。
鈴鹿墨は、唯一、昭和55年10月に通産省の伝統工芸品に指定にされ、 伝統的技術を守り伝えている墨です。
最近は絵画用、 書道用等各種用途に合わせた製品作りにも取組んでいます。